父が倒れた日から10年|知らずに損したお金
22歳のとき、父が倒れました。
仕事中でした。地元の友人から連絡がきました。「家の前に救急車きてるけど大丈夫?」
真冬なのに、ワイシャツのままバイクに飛び乗りました。
寒さは感じませんでした。
実家に着いたとき、友達が「寒くないの?大丈夫?」とダウンを貸してくれました。そこで初めて、自分が真冬にワイシャツ1枚で走ってきたことに気づきました。
父はICUにいました。
ちっちゃく丸まって、管がいっぱいついていました。
命はなんとかとりとめました。でも手術の結果、半身不随になりました。
「半身不随」と言われた瞬間、頭が真っ白になった気がします。何を考えたのかは、覚えていません。
父52歳、ぼく22歳でした。
その日の夜のことは、あまり覚えていません。死んだように寝たことだけ、覚えています。
そして、ぼくは無知でした。
病院のケースワーカー、市役所、保険の外交員。片っ端から相談しました。何も知らなかったので。
ここから10年以上の入院生活が始まります。
ひとつだけ、先に書いておきます。
ぼくは5歳のときに母を亡くしていて、そこから父と2人でした。
だから父が倒れたとき、動けるのはぼくしかいませんでした。判断するのも、手続きをするのも、払うのも、全部です。
親族に相談する、という選択肢もありませんでした。
父は、母の実家の近くに家を建てた人でした。母が亡くなったあと、母方の親族とはほとんど疎遠になっていました。
近くに家はあるのに、お金のことを聞ける相手はいない。そういう状態でした。
母のことや育った家のことは、別の記事に書きます。ここでは10年のお金の話だけにします。
この記事は、その10年で「知らなかったせいで損したこと」を書いたものです。
親が倒れる可能性のある人に、ぼくと同じ思いをしてほしくないので書いています。
制度は使いました。それでも足りませんでした
先に結論です。
使える制度は全部使いました。
それでも家計は苦しかったです。
理由は、制度に穴があるからではなく、穴の位置を知らなかったからでした。
順番に書きます。
① 高額療養費制度:初年度がいちばん重い
医療費が上限を超えたぶんが戻ってくる制度です。もちろん使いました。
でも、想定より負担が大きかった理由が2つありました。
上限額は「所得」で決まります
厚生労働省の説明では、上限額は年齢や所得に応じて定められています。
問題はここです。
倒れた年の負担額は、収入があった時期の所得で判定されることがあります。
父はもう働けません。収入はありません。でも判定の基準になる所得は、倒れる前のものです。
「今は無収入なのに、なぜこの金額なんだ」と思いました。制度の仕組みを知らなかったからです。
差額ベッド代と食事代は対象外です
これが一番効きました。
高額療養費の対象になるのは保険診療の自己負担分だけです。入院にかかるお金は、それだけではありません。
対象外になるのは、たとえばこういうものです。
| 費用 | 扱い |
|---|---|
| 差額ベッド代 | 患者側の希望による場合は対象外 |
| 入院中の食事代 | 対象外(1食あたりの金額が定められています) |
| 病衣・タオルなどのレンタル | 対象外 |
| 先進医療 | 対象外 |
毎月、上限額に加えてこれらが乗ってきます。
10年です。積み上がった金額は、想像してもらえると思います。
なお、直近12か月で3か月以上該当した場合は4か月目から上限が下がる「多数回該当」という仕組みがあります。長期入院ではここが効きます。ぼくはこれも、あとから知りました。
② 障害年金:等級で金額がまったく違う
こちらも申請しました。
障害年金は等級によって受け取れる金額が変わります。
ここを知らずに「申請すればもらえる」とだけ思っていました。
ぼくの実感として引っかかったのは、認定のされ方です。
父は半身不随でしたが、手足そのものはあります。動かなくなった原因は脳の側にありました。
手足の欠損などと比べると、こういうケースは等級が想像より低く出ることがあります。
これは制度が間違っているという話ではありません。認定の基準がどこにあるのかを、申請前に知らなかったという話です。
診断書の書かれ方ひとつで結果が変わることも、あとから知りました。
③ 医療保険:「入院◯日まで」を読んでいなかった
父は医療保険に入っていました。倒れた直後は「助かった」と思いました。
実際には、途中で止まりました。
1回の入院につき支払われる日数に上限があったからです。
しかも、入院した初日から出るわけではありませんでした。
ぼくの父の契約は、入院5日目から180日分でした。
つまり最初の4日は対象外。そして10年入院しても、支払われるのは180日までです。
感染などで別の病気になれば新たに支払対象になりますが、そこにも通算の上限がありました。
ぼくの記憶では1,095日。ちょうど3年分です。
通算の限度日数は「730日」「1,000日」「1,095日(3年分)」などが設定されるのが一般的で、1回ごとにリセットされる1入院の限度日数とは別物です。入退院を繰り返すたびに、通算の残り日数は減っていきます。
10年入院しても、出るのは最大で3年分でした。
「入院したら日額◯円が出る」だけを覚えていて、条件をひとつも読んでいませんでした。
契約時に見るべきだった場所
保険証券を見返して、当時ぼくが読んでいなかったのはここでした。
- 何日目から支払われるか(初日から/5日目からなど)
- 1入院あたりの支払限度日数(60日・120日・180日など)
- 通算の支払限度日数
- どこから「1回の入院」を数え直すのか
月々の保険料と保障額しか見ていませんでした。
長期の入院を想定するなら、見るべきはこの4つです。
④ 死亡保険:更新で保険料が跳ね上がった
これも失敗でした。
倒れた時点の状態から、正直、先は長くないと思っていました。だから死亡保険は無理をしてでも払い続けようと決めました。
でも、更新のタイミングで保険料が大きく上がりました。
定期タイプだったので、更新のたびに年齢に応じて保険料が上がる仕組みです。10年のあいだに、払える金額ではなくなりました。
結局、保障を減額しました。
最終的に残ったのは、葬式代くらいの保険でした。
「守れる」と思って払い続けていたものが、10年かけて縮んでいきました。
10年、父はぼくのことが分からないままでした
お金の話ばかり書いてきたので、ここだけ書かせてください。
父はくも膜下出血で、脳の一部を切除しました。
話すことはできませんでした。
自分のことも、ぼくのことも分かりませんでした。10年間、ずっとです。
息子だと分かってもらえないまま、10年通いました。それでも、通わない理由はありませんでした。
10年のうちで、行くのが一番つらかった日があります。
障害の認定のために、認定員の方が来る日です。
父に質問をします。父は答えられません。
その姿を、横で見ていないといけませんでした。
あれが一番、しんどかったです。
数字や制度の話は、ここまで書いたとおりです。でも実際の10年は、こういう時間の積み重ねでした。
10年で分かったこと
父は亡くなりました。さすがにこのときは大泣きしました。死ぬほど泣きました。
友人には助けられました。救急車のことを知らせてくれたのもそうですし、葬式にも来てくれました。
そのあと、ぼくは調べ始めました。
高額療養費も、障害年金も、健康保険も、医療保険も、死亡保険も、年金も。全部です。
知っていれば防げたことが、多すぎました。
10年かけて分かったのは、この3つです。
- 知識は自分の身を守る
- 知識は人を守る
- 知識は人生の選択肢を増やす
ぼく自身、学歴も資格もなくて、選べる仕事は限られていました。選択肢が少ない側にいた人間です。
5歳で母を亡くして、父と2人で育ちました。その父も22歳のときに倒れました。
そして今、ぼくは10歳の息子と2人で暮らしています。
父子家庭で育った人間が、今度は自分が父子家庭をやっています。
だから息子には、選択肢の多い人生を渡したいと思っています。
節約も投資も副業も、そのために始めました。
親が元気なうちに、確認しておくといいこと
同じ立場になりそうな人に、ぼくが「先に知っていればよかった」と思うことを書いておきます。
① 加入している医療保険の支払限度日数を見る
保険証券の「◯日目から」「1入院あたり◯日」「通算◯日」の欄です。月々の保険料より、こちらの方が効きます。
② 高額療養費で戻らない費用があると知っておく
差額ベッド代と食事代は別に必要です。上限額だけを見て安心しないでください。
③ 死亡保険が定期タイプかどうか確認する
更新で保険料が上がるタイプなら、何歳でいくらになるかを先に見ておくべきです。
④ 一人で判断しない
ぼくはケースワーカーにも市役所にも保険の外交員にも相談しました。それでも足りませんでした。
聞く先が多いほどいいというのが、10年やってみた結論です。
あとから知ったことが、もうひとつあります。
市区町村には地域包括支援センターという介護の相談窓口があります。ぼくは10年のあいだ、その存在を知りませんでした。
相談先は、ずっと病院のケースワーカーでした。父の介護は病院にお願いできていたので、それで生活が回らなくなることはありませんでした。
ただ、調べ直して分かったことがあります。地域包括支援センターは原則65歳以上が対象でした。父が倒れたのは52歳です。
40歳から64歳は、特定疾病という決められた病気が原因の場合に、要介護認定の窓口になります。
父が対象だったのかどうかは、今も分かりません。
知らなかったので、確かめていないからです。
窓口を知らないというのは、使えないことより先に、対象かどうかを確かめる機会そのものが無くなるということでした。
ここも同じでした。制度に穴があったわけではなく、穴の位置を知らなかっただけです。
保険そのものの見直し方は、こちらに書いています。
※この記事はぼく個人の体験に基づく記録です。高額療養費の上限額・障害年金の等級認定・保険の支払条件・介護保険や地域包括支援センターの対象範囲は、加入している保険・自治体・契約内容・時期によって大きく異なります。制度の内容は改定されることもあります。実際の適用可否と金額は、必ず加入先の健康保険組合・年金事務所・保険会社・お住まいの市区町村の窓口でご確認ください。
まとめ
- 22歳のとき父が倒れ、半身不随になって10年以上入院した
- 使える制度は全部使った。それでも足りなかった
- 高額療養費は差額ベッド代と食事代が対象外。上限額だけでは足りない
- 障害年金は等級で金額が変わる。認定の基準を知らなかった
- 医療保険は入院5日目から180日で止まった。通算も3年分しかなかった
- 死亡保険は更新で保険料が上がり、減額して葬式代くらいになった
- 地域包括支援センターという窓口を知らず、対象だったかどうかも確かめられなかった
- 全部、知らなかったせいだった
- 知識は身を守り、人を守り、選択肢を増やす。ここが今の発信の出発点
今日やることを1つ選ぶなら、これです。
保険証券の「何日目から」と「1入院あたり何日まで」を確認してください。
自分のでも、親のでも構いません。
ぼくは月々の保険料しか見ていませんでした。その1行を読んでいれば、10年の見通しはまったく違っていたと思います。
知識は、いざというときにしか役に立ちません。でも、そのいざというときは、たいてい前触れなく来ます。
真冬にワイシャツで家を出た日のことを、ぼくはまだ覚えています。
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