父子家庭で育ち、今は父子家庭になった話
ぼくは5歳で母を亡くしました。そこから父と2人でした。
40代になった今、10歳の息子と2人で暮らしています。
父子家庭で育った人間が、今度は自分が父子家庭をやっています。
立場だけが、きれいに逆になりました。
同じ形の家に、今度は親の側で立っています。想像していたのとは、だいぶ違いました。
このブログでお金の話ばかりしている理由を、一度ちゃんと書いておきます。
数字の話は出てきません。なぜ数字の話をしているのか、の記事です。
選べる仕事が、ほとんどありませんでした
高校を出て、すぐ家を出ました。
何があったわけでもありません。ただ、あの家にいるのが嫌でした。
父は母が亡くなってから酒を浴びるように飲むようになって、ぼくとよく喧嘩していました。今思えば、母のことがよほど好きだったんだと思います。当時のぼくには、そんなことは分かりませんでした。
出たはいいけれど、学歴も資格もありません。
それなりの給料をもらえる仕事は、限られていました。
ぼくが選んだのは夜の店でした。
自分で言うのもなんですが、頑張りました。結果も出して、店長までいきました。一人暮らしもできるようになりました。
でもそれは「選んだ」というより、「そこしかなかった」に近いです。
このときのことを、ぼくはずっと覚えています。選択肢が少ないというのは、努力が足りないという話ではありません。そもそも選べる場所に立っていないという話です。
「家庭」が欲しかった
22歳のとき父が倒れて、そこから10年以上の入院生活が続きました。
その話は別に書いたので、ここでは省きます。
父が亡くなったあと、ぼくは結婚しました。子どもも授かりました。
理由ははっきりしています。
「家庭」というものから、いちばん遠いところにいたからです。
家族円満な家というのが、ぼくにはよく分かりませんでした。分からないから、欲しかったんだと思います。
大きな家じゃなくてよかった
ずっと仕事に追われながら、偉くなりたい、お金持ちになりたいと思ってやってきました。
今になって気づいたことがあります。
ぼくの人生でいちばん大切なのは、好きな人と一緒にいることでした。
大きな家じゃなくていい。高級なご飯じゃなくていい。かっこいい車じゃなくていい。
今、息子とやっていることはこんなことです。
- サッカーのゲームを一緒にやる(息子がサッカーをやっているので)
- 2人で協力してクリアするゲームを選ぶ。対戦ゲームだと喧嘩になるので
- たいした料理じゃないけど、2人で作る
- 息子が好きなアニメを一緒に見る。ブルーロックとか、ドラえもんとか
- なぜか昔のアニメも一緒に見ている
これで十分でした。
というより、これが一番いいです。年収がいくらだろうと、この時間の質は変わりません。
なんならゲームは息子の方が強いので、ぼくは負け続けています。
離婚しました
結婚生活は4年ほどでした。
他人同士が、違う人生を歩んできて一緒にいるというのは、思っていたより難しかったです。
お互いが納得したうえでの離婚だったので、後悔はしていません。ここは深く書きません。書くべきことでもないと思っています。
そして息子と2人になりました。
5歳で母を亡くしたぼくが、今度は自分が「片方の親」として立っています。
正直に書くと、「立場が逆になった」なんて意識は、当時ありませんでした。
このブログを書き始めて、初めて言葉になったことです。
当時あったのは、もっと単純な気持ちでした。
ぼくみたいに、さみしい思いはさせたくない。
それだけでした。
気持ちは分かる。でも、同じことはしない
父にされて嫌だったことがあります。
酒に逃げて、いつも酔っ払っていたことです。
三者面談にも、酔って来ました。
今になれば、気持ちは分かります。妻を亡くして、男手ひとつで、逃げ場がなかったんだと思います。
分かるようになったのは、自分が同じ立場に立ってからです。
当時のぼくには、酒を飲む姿しか見えていませんでした。理由が見えるまでに、ずいぶんかかりました。
ただ、ぼくは酒を飲みません。
理由をきれいに説明できるわけではありません。
自分がされて嫌だったことは、人にはしない。それだけです。
息子から見てぼくがどうなのかは、正直わかりません。聞いてみないと分からないことです。
一方で、今になって分かるありがたさもあります。
なんだかんだ、ぼくは大人になりました。
高校にも行かせてもらいました。こうして生きています。
父は、不器用だっただけなんだと思います。
伝える相手は、もういませんが。
息子に渡したいのは、選択肢です
ぼくの人生で最高の子どもであり、親友です。生きることを教えてもらったと本気で思っています。
ぼくは「パパ」というより、友達みたいな感じです。
見ていると、自分と重なる瞬間があります。
負けず嫌いなところ。つよがるところ。そのくせ泣き虫なところ。
あとはサッカーをしているときです。あれは完全に昔の自分を見ています。
これから、いいことも嫌なこともあると思います。それは仕方ない。
ただ、選べる場所には立っていてほしいと思っています。
ぼくは選べませんでした。学歴も資格もなくて、そこしかなかった。
お金は、選択肢の数を決めます。
- 行きたい学校に行けるか
- やりたいことを続けられるか
- 嫌な場所から離れられるか
全部、お金が関係します。
お金があれば幸せになるという話ではありません。
お金がないと、選べる数が減るという話です。
だから、節約と投資と副業を始めました。
順番はこうでした。
- 固定費を削る(月17,913円)
- 浮いた分を積立に回す
- 時間とお金が少し空いたので副業を始めた
派手なことは何もしていません。手取り25.5万円、残るのは月3万円の家計です。
このブログで書いていること
成功者の話ではありません。
副業の収益はまだ0円です。
書いているのは、途中の記録です。
- 実際にいくらかかっていて、いくら残るのか
- 何を削って、いくら下がったのか
- 何を知らなくて損をしたのか
数字は全部、うちの実額です。
盛っていません。盛る意味もありません。
同じように選択肢が少ないところにいる人に、順番だけでも渡せたらいいと思っています。
息子が寝たあとに考えること
夜、息子が寝たあとに考えることは、だいたい同じです。
ぼくみたいにはしたくない。
でも、いずれ息子も自分で選んで、自分で失敗する日が来るんだろうなとも思います。それは止められません。
だからせめて、それまでは少しでも一緒にいられたらと思っています。
FIREを目指しているのは、資産を増やしたいからじゃありません。一緒にいられる時間を増やしたいからです。
固定費を削るのも、積立をするのも、夜に副業をやっているのも、全部そこにつながっています。
まとめ
- 5歳で母を亡くし、父子家庭で育った
- 学歴も資格もなく、選べる仕事はほとんどなかった
- 22歳で父が倒れ、10年以上の入院生活を支えた
- 結婚して離婚し、今は10歳の息子と2人
- 父子家庭で育った人間が、今度は自分が父子家庭をやっている
- 息子に渡したいのは、お金そのものではなく選択肢の数
- そのために、節約・投資・副業を順番にやっている
今日やることを1つ選ぶなら、これです。
固定費をひとつだけ見直してください。
スマホでも、サブスクでも、保険でもいいです。ひとつだけで十分です。
ぼくは全部を一度にやろうとして、何ヶ月も止まりました。1つ動かすと、次が見えます。
選択肢は、ある日突然増えたりしません。毎月の余白が少しずつ増えていくと、いつのまにか選べるようになっています。
ぼくもまだ途中です。
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